体験記(2)

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両眼白内障手術・・・私の場合 長谷川径弘
 昨年7月に体験した私自身の両眼白内障手術のことを記します。

 はじめに、私の「眼の経歴」を述べておきます。1934年生まれで、今68歳。私の母親は目のたちが悪く、よく硼酸水で洗眼していました。

 私自身は小学校6年生の時の視力が、右0.1、左が0.4でしたが、6年間、優等生で通しました。視力がなくても勉強は努力次第なのでしょう。これは「成績通知簿」の記録からです。

 中学では成績が少し落ちました。家が貧しかったこともあり、高校は夜間高校でした。ここではようやく眼鏡をかけ、成績も優等生に戻りました。

 高校卒業後、1年浪人して大学に進学しました。入学時の身体検査で結核が見つかり1年間休学。複学してから遅れを取り戻そうとして、図書館通いなど猛勉強をしたためか、眼に疲れが出て来たのでしょうか、1958年4月、視力の弱い右眼に網膜剥離を発症しました。例の飛蚊症から薄墨が流れたようになる症状と、失明への恐怖感は今も鮮明に覚えています。

 最初に行った民間医院で原田氏病と診断されましたが、この医院の紹介で受診した横浜市立大学病院の大熊(教授)眼科で網膜剥離の診断が下り、即入院となったのが「網膜剥離暦」の始まりです。

 4月12日入院。21日にジアテルミー施術を受け、2ヵ月後の6月10日退院という長丁場でした。この間、砂袋で頭部固定の1週間絶対安静は、気が狂いそうでした。しかしそのあとは同室の患者や付添いさんたちと仲良く過ごしました。退院するときまで施術した右眼は金属碗で、左眼は針穴状の金属碗で覆われたままでした。横浜開港記念日の打ち上げ花火をこの針穴から見たことも覚えています。

 そして「剥離暦」はまだ続きます。大学卒業後、民間の会杜に就職して4年後に労働組合専従者になり、またまた疲労した所為でしょうか、1975年5月、今度は左眼網膜裂孔で光凝固。このとき同僚が朝日新聞紙上の「網膜剥離友の会」を教えてくれたので、入会、後に世話人(広報担当)になりました。そして当時の「友の会」顧問の先生の11人を訪問取材、会報に連載しました。その後「眼病平癒信仰」を各地で取材、連載を続けています。

 1977年には、右眼に裂孔ができて、光凝固を受けました。1982年には、右眼のバックリング手術で入院しました。このときは僅か3週間で退院できました。

 次は1984年、白内障が出始めて、1992年には緑内障も出てきて、検査と投薬が次々と始まるという煩わしさです。1999年正月は、自転車転倒で顔面に怪我をしましたが、紙一重で眼の負傷には至りませんでした。

 2002年春、近視が急速に進んだのか、新聞やワープロの文字はかがみこむようにしないと、見えなくなり、辛くて我慢できなくなりました。主治医に話したら、「白内障」のためだと言われました。これで手術を決断。同年の7月、3泊4日の白内障両眼手術となりました。

 このとき、眼内レンズはものを書くことが多いので、「近用」を選びました。この「近用」か、「遠用」かの選択は、術後の生活にとって重要なことです。

 手術は、白内障で人気のある執刀医なので、4月に予約して8月下旬になりました。「手術同意書」には7項目の注意・確認事項があり、適切なものでした。それに「入院治療計画書」には、3泊4日の手術前後の処置、検査の手順が記入されていますから、これに従えばよいわけです。

 入院初日は眼の無菌化で、2日目にはもう右眼の施術でした。いたって簡単で、12分程で終わりました。といっても水晶体が固くなっていてこれでも時間がかかった方だそうです。希望者には施術をビデオにしてくれます。

 これで見ると、木綿豆腐のように硬そうな水晶体が超音波で砕かれ、吸い取られて見る間に透明な瞳になっていくのがよくわかります。術後の安静といってもトイレにも行かれます。病室に戻ってから30分程で穴あき金属の眼帯になってみると、視野がとても明るくなっているので吃驚しました。

 3日目には、左目を施術、こちらはもっと簡単でした。
4日目の朝のこと。両眼の眼帯が取れると、とても明るくて戸惑うほどで、なにか、あたりが真っ青に見えます。UVレンズのせいで、説明によるとすぐ慣れるとありますが、今も少し青みがかって見えます。

 術後2ヶ月で眼鏡を新調すると「若がえった」といわれるほどの顔つきになりました。確かに眼の疲れと肩こりはぐっと減って、眉間にしわを寄せなくなり、気分が前向きになったのです。眼鏡の煩わしさから解放されたことは勿論、眼内レンズに依る無理のない視力のせいでしょう。術後の定期検診でも、執刀医から、「眼の中きれいですよ」といわれるくらいです。

 しかし、聞くところによると、白内障手術をしても、眼内レンズがうまく入らない人や、網膜症、高血圧症の人の場合は、必ずしもすっきりしないこともあるそうです。
幸い私には、これらの症状がありません。ただし、緑内障(低眼圧)と綱膜剥離には、死ぬまで付き合います。

 まあ、世の中そううまくはゆかないのですから、せいぜい自己検診と医師の指示に従って、養生していけば、「眼の延命」も可能でしよう。お互い体も目も大事に暮らしましよう。

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